12/23

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今日は久々にバイトが休みだったので、溜まっている様々な用事をこなそうと思ったのに起きたのが13時半で完全に終わってしまった。

今日こなす予定だった用事→昨日の分の日記、学校の想い出noteまとめ終わる、部屋の掃除、主催会の場所の諸々確認、大学で少し用事、板橋方面で不動産の連絡先を貰う

実際に終わった用事→日記note大学の用事。

 

さすがにカスすぎる!何より不動産屋に連絡先を貰い損ねたのが痛すぎる。年内はもう日中暇な日が無いので、次に板橋まで行くタイミングは年明け1月9日である。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか、いや凶と出るに決まっているんだけれど、とにかく1月9日は絶対に板橋に行く。

ただまあそれ以外にはnoteしっかりまとめきれたり、何よりぐっすり眠って体力が回復できたりと、まずまずの休日だったのではないだろうか。動き出すのが遅かったせいで大学の用事も長引いてしまったが、ついでに久々に丸亀製麺でうどんを食えたので良かった。めちゃくちゃうどんの口だったので助かった。さつまいも天ぷらまでつけてしまって、俺は貴族か何かでしょうか。

夕方から行った大喜利では純粋に大喜利を楽しんでできて、やっぱり調子が良い時って疲れていない時でかつ「大喜利がやりたい」と思っている時だ。最近本当に疲れていたからお題を見てもぼーっとしてしまうことが多かったけれど、今日はかなり頭を働かせて一定以上のクオリティを何答も出せた気がする。

 

最近暖かいベッドで寝るのが何よりの幸せというか、至福になってきている気がする。うちの部屋は意味が分からないくらい寒くて毎冬泣いているのだが、代わりに毛布を激暖のものを使っているので、さみ~と思いながらベッドに入った瞬間の毛布の温もりが優しすぎる。しかもこの毛布、極暖なだけでなく重いのだ。俺は重い布団が大好きなのでとても落ち着く。人生の中で、隙あらばデカくて少し重い何かにのしかかられていたいという願望がある俺は、毎冬をこの温もりに包まれて乗り切ってきた。寝起きなんかは特に、暖房の切れた部屋の冷たい空気が出している顔に感じて目覚め、寝ぼけ眼で暖房をつけてから毛布の中に頭からもぐって二度寝する。これを幸せと呼ばずに何を幸せとするのか!!

二度寝が楽しみ過ぎて少し早くアラームをセットしているし、何なら部屋が寒くて大体アラームより先に目が覚める。「おっまだ寝れるやんけ」が嬉しすぎて、そこが俺の一日の嬉しさのピークになってしまう日すらある。

特に今日みたいに寒い日は、今から毛布に包まれるのが楽しみ過ぎる。というか本当に今日寒かった。ちょっと怒りというか、悲しみまで生まれる寒さだった。普段は絶対にそんなこと無いのに、歩いている時ですら足元から寒かったのでもう地球は限界なんだと思う。寒い中外を歩いていると意識が希薄になってきて、今自分がどこを歩いているのか分からなくなる感覚がある。

 

意識が希薄といえば、小学生の頃似たような症状に悩まされていたんですけど、誰か分かる人いませんか!?

なんだか周りのものが嘘に見えたりスローモーションに見えたり雑音が大きく聞こえたり、自分が「ここにいる」って感覚がすごく薄くなって背景とか空気の一部になったみたいな感覚がある。多分1~2か月に一度くらいのペースで悩まされていて、当時小学生の俺の言葉では(というか今でも)うまくその状態を説明できなくて誰にも分かってもらえなかった。中学校入学くらいのタイミングでその状態になることは減って来て、高校で完全になくなったけれど、割と最近何回か似たような状態になることがあって懐かしかった。これほんと何なんだ。別に困るってほど困らないから良いけど不思議な現象だ。

 

やや不安さんから借りた小説「むらさきのスカートの女」を今日から読み始めたのだが、ちょっと今まで読んだどの小説より奇っ怪すぎる。文章の一つ一つ、展開という展開から恐怖と狂気が滲みだす。ジャンル的にホラーでは無いとは思うのだが、だからこそ怖いというか、「この小説がホラーという扱いで無いことが怖い」みたいな……。異常なことが正常であるかのように、何のためらいもなく描かれていて、読んでいて不安になる(誉め言葉)。話自体は短いので、多分もうあと一日から二日あれば読み終わるだろうといった感じの、結構お手軽な物語ではあるが、マジで味わったことの無い読後感(まだ読んでいる途中だから読中感か)を摂取できる。正直続きが気になって仕方ないというか、「頼むからこれ伏線であってくれ、そうじゃないといよいよこの異常な正常が認められてしまう」と祈るような新感覚。早く結末が知りたいですね。